先日お亡くなりになった、日本映画の至宝・岸惠子さん。
1953年の『君の名は』3部作は間違いなく彼女の代表作ですが、今回は私自身が特に大好きな4本の映画を謹んでご紹介させていただきます。
1.『早春』(1956年/小津安二郎 監督)
戦争を生き延びた普通の人々の人生の哀歓、人間関係、夫婦関係の繊細さ、そして当時のサラリーマン生活。波乱の末に東京を離れ、再出発を図る若夫婦の姿を、小津監督ならではのユーモアをたっぷりと交えて描いています。戦後10年足らずの日本の空気感や風俗描写が素晴らしく、岸さんと池部良さんとの相性抜群の演技もみごとです。
二人にとって小津作品はこれが最初で最後の出演となります。残念です。
2.『約束』(1972年/斎藤耕一 監督)
女性看視官に付き添われ、数日間の特別な外出許可を受けた女囚・螢子。郷里へ向かう列車の席で、偶然相席した若い男。彼は巨額の現金強盗を犯し、警察に追われる身だった……。当時人気絶頂で、『太陽にほえろ!』や『傷だらけの天使』に出演する直前のショーケン(萩原健一)との初共演作です。本格的な演技に初挑戦したショーケンの勢いある粗削りな演技を、岸惠子さんの繊細な演技がみごとに受け止めています。
二人の名演が光る、激しくも静謐で、悲しくも情熱的な秀作です。
3.『男はつらいよ 私の寅さん』(1973年/山田洋次 監督)
「本当に自分が気に入った作品は売りたくないものなのよ。かといって気に入らない作品っていうのは、ますます売りたくないでしょ。」—そんな世渡り下手で妥協を許さない画家・りつ子。寅次郎とのおかしくも切ない人間模様。人情味あふれる大きな笑いと、二人それぞれの孤独の物語です。「寅さんとはいい友達でいたい…」ショパンの『別れの曲』が流れる終盤のシーンはシリーズ屈指の名シーン。相手の才能や生き方を静かに尊重しようとする寅さんの健気さに胸を打たれます。
『男はつらいよ』全50作品中、同作品は配給収入・観客動員数ともに歴代1位。空前の大ヒット作品です。
4.『おとうと』(1960年/市川崑 監督)
そして、私の一番のおすすめがこの作品です。
カラーでありながらモノクロに近い渋い色彩と強いコントラストを生み出す「銀残し」という独自の現像手法を採用。加えて、天才・市川崑監督と巨匠・宮川一夫撮影監督による圧倒的な映像表現が、映画全体に唯一無二の美しさと生命を吹き込んでいます。
幸田文の自伝的小説を、文芸作品の脚色で多くの傑作を遺した水木洋子が脚本を担当。著名な作家である父、コンプレックスを抱える継母、そして不良化していく弟と、彼をかばい続ける姉の葛藤。大正の世をけなげに生きた姉弟の絆の物語です。
岸惠子さんが演じるしっかり者の姉・げん の情に厚い演技と、川口浩さんが演じる弟・碧郎の繊細で危うい存在感が作品を大きく引き立てます。
後半、結核を病む碧郎のそばで、げんは感染も恐れず、寄り添って眠ります……。
「躍動と儚さ」、そして憂いを帯びた人生の一瞬が見事に切り取られた切なくも美しい日本映画を代表する名作です。個人的には岸恵子さんの最高アクトだと思っています。
そして、忘れられないテレビドラマでのお姿。
1975年のTVドラマ『赤い疑惑』での山口百恵さんとの共演も、おそらく同世代ならなおさら、忘れられないはずです。
当時世の中が熱狂した国民的ドラマ。「百恵さんは岸さんの実の娘ではないか」という噂が流れたほどでした。最高視聴率30.9%を記録し、大きな社会現象となり、小学生だった私もテレビにくぎ付け。毎週家族全員で視聴していたのを、久しぶりに思い出しました。
最後に…。
『約束』以降何度も共演したショーケンは生前、「岸惠子さんは、俺がこれまで出会った中でいちばん美しくて、いちばん魅力的な女性だった」 「本物の大女優、本物のレディ。あんなに素敵な女性には後にも先にも会ったことがない」と自身の自伝の中で語っていました。
フランスから戻られてからは数多くのベストセラー小説やエッセイを執筆・出版され、時折報道番組などで拝見しておりました。
突然の知らせに、哀悼の意を表するばかりです。
心よりご冥福をお祈りいたします。素晴らしい作品の数々を、本当にありがとうございました。
私にとって『おとうと』は永遠に最高の映画です。
…そしてもう一本、絶対に外せない日本映画の金字塔——『悪魔の手毬唄』(1977年/市川崑 監督)については、想いを込めてまたの機会にじっくりと解説させていただきます。


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